昔の男。
昔、某有名デパートに勤めてゐる男と付き合つてゐた事があります。
情けない話だけれど、金が続かなくて別れました。本当に良い男だつたんだよ、これが。
デパートの服飾小物の売場にゐるだけあつて、見てくれも、会話のセンスも良いし、何よりエロかつた。
愛だとか恋だとかそんな事よりも、とにかく俺を満足させてくれた。
先日、その男と再会しました。
「〇〇様!ご無沙汰致して居ります。●●でございます。」
彼はまるで昔の得意客でも見つけたかのやうに、俺に声を掛けてきた。
某デパートの中を歩いてゐた時の事だ。
「よく…覚へてましたね。」
「ええ、だいぶご贔屓にして頂きましたから。」
戸惑ふ俺に、彼は笑顔で続けた。
それから半歩近付いて、俺にかう囁いた。
「ちよつと抜けて来るから、待つててくれる?」
彼は転勤を何度か繰返してこの支店に戻つて来たさうで、今は外商部門の管理職なのださうだ。
「もう、定年まで転勤も無いし、2年前にこちらにマンションを買つてね、今はそこに住んでる。」
彼は俺が左手の薬指を凝視してゐるのに気づくと、記者会見の女優よろしく、指を揃へて綺麗な手の甲を見せた。
「へえ。女、抱けるんだな。」
何の気なしに言つたはずが、皮肉めいた口調になつてしまつた。
彼はそれに気づいたのか、目を細めて俺を見た。
彼はセックスの最中も、よく、かうやつて俺を見てゐた。それは俺を嘲るやうにも切ないやうにも見えて、とても俺を惹き付けたのだ。
俺が煙草の箱に手を伸ばすと、彼がその手に触れた。
「煙草、変はつてないんだね。」
「ああ。変へる理由もないしな。」
俺は内心の動揺を悟られないやうに作り笑ひを浮かべ、煙草の箱を握つて彼の手の下から引き抜かうとした。その時…
「ふふ。やつぱり、男がいい。」
彼の指が、煙草の箱ごと俺の手を握つた。指で手繰るやうにして、手首を掴む。
手入れのゆき届いた、骨ばつた長い指。瞬間、目眩のやうな高揚感があり、その後直ぐに罪悪感…後悔。
「恋人がゐるんだ。」
今度はちやんと、落ち着いた声が出て、俺は自分自身に安堵した。
彼は細めてゐた目を一瞬だけ見開くと、明らかにつまらなさうな顔で、へえ、と言つて手を放してくれた。
「奥さん、良い人か。子供は?」
「子供はゐないんだ。作らない約束だから。」
「そうか。」
会話はそれ切りで、俺達は別れた。
情けない話だけれど、金が続かなくて別れました。本当に良い男だつたんだよ、これが。
デパートの服飾小物の売場にゐるだけあつて、見てくれも、会話のセンスも良いし、何よりエロかつた。
愛だとか恋だとかそんな事よりも、とにかく俺を満足させてくれた。
先日、その男と再会しました。
「〇〇様!ご無沙汰致して居ります。●●でございます。」
彼はまるで昔の得意客でも見つけたかのやうに、俺に声を掛けてきた。
某デパートの中を歩いてゐた時の事だ。
「よく…覚へてましたね。」
「ええ、だいぶご贔屓にして頂きましたから。」
戸惑ふ俺に、彼は笑顔で続けた。
それから半歩近付いて、俺にかう囁いた。
「ちよつと抜けて来るから、待つててくれる?」
彼は転勤を何度か繰返してこの支店に戻つて来たさうで、今は外商部門の管理職なのださうだ。
「もう、定年まで転勤も無いし、2年前にこちらにマンションを買つてね、今はそこに住んでる。」
彼は俺が左手の薬指を凝視してゐるのに気づくと、記者会見の女優よろしく、指を揃へて綺麗な手の甲を見せた。
「へえ。女、抱けるんだな。」
何の気なしに言つたはずが、皮肉めいた口調になつてしまつた。
彼はそれに気づいたのか、目を細めて俺を見た。
彼はセックスの最中も、よく、かうやつて俺を見てゐた。それは俺を嘲るやうにも切ないやうにも見えて、とても俺を惹き付けたのだ。
俺が煙草の箱に手を伸ばすと、彼がその手に触れた。
「煙草、変はつてないんだね。」
「ああ。変へる理由もないしな。」
俺は内心の動揺を悟られないやうに作り笑ひを浮かべ、煙草の箱を握つて彼の手の下から引き抜かうとした。その時…
「ふふ。やつぱり、男がいい。」
彼の指が、煙草の箱ごと俺の手を握つた。指で手繰るやうにして、手首を掴む。
手入れのゆき届いた、骨ばつた長い指。瞬間、目眩のやうな高揚感があり、その後直ぐに罪悪感…後悔。
「恋人がゐるんだ。」
今度はちやんと、落ち着いた声が出て、俺は自分自身に安堵した。
彼は細めてゐた目を一瞬だけ見開くと、明らかにつまらなさうな顔で、へえ、と言つて手を放してくれた。
「奥さん、良い人か。子供は?」
「子供はゐないんだ。作らない約束だから。」
「そうか。」
会話はそれ切りで、俺達は別れた。