風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん
浅野内匠頭の辞世の句を初めて見たのは中学二年生の頃だつたか。丁度大石内蔵助の嫡男、主税と同じくらゐの年頃。
風に吹かれて散りゆく桜の花は名残惜しいけれど、それよりもなほ名残惜しい想ひを私は抱いてゐる。
その想ひをいつたいどうしたら良いものか。
柔らかな音がいつそう切ない。
大石内蔵助の辞世の句は、仇討ちを果たした後の晴れ晴れとした句だけれど、後には一切の何も残らないと云ふその明るさが哀しい。
あら楽し思ひは晴るる身は捨つる浮き世の月にかかる雲なし
ああ良い気分だ。念願だつた仇討ちも果たす事が出来た。
その代はり死ぬ事になつてしまつたけれど、今の私の心は、一片の掛かる雲も無い満月のやうだ。
風に吹かれて散りゆく桜の花は名残惜しいけれど、それよりもなほ名残惜しい想ひを私は抱いてゐる。
その想ひをいつたいどうしたら良いものか。
柔らかな音がいつそう切ない。
大石内蔵助の辞世の句は、仇討ちを果たした後の晴れ晴れとした句だけれど、後には一切の何も残らないと云ふその明るさが哀しい。
あら楽し思ひは晴るる身は捨つる浮き世の月にかかる雲なし
ああ良い気分だ。念願だつた仇討ちも果たす事が出来た。
その代はり死ぬ事になつてしまつたけれど、今の私の心は、一片の掛かる雲も無い満月のやうだ。