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帆を張るやうに胸を張れ

同性愛者のサラリーマンのblog


全自動洗濯機へと秋の水

俺の卒業した小学校の用務員さんは菊作りの名人で、用務員さんの休憩所と言ふか、作業小屋と言ふか、校舎の脇に有つたプレハブの前に菊の鉢をズラリと並べて丹精してゐた。

春になれば古い株から出た新芽を根分けして植ゑ替へたり、夏には葦簀で直射日光を防いだりして、秋には幼い子供の目にも芸術品のやうな、素晴らしい菊に仕上がつてゐた。

俺達もよく枯れた菊の枝を片付けたり、土を混ぜるのを手伝つたりしながら、用務員さんが今までに赴任してきた学校の話を聞かせて貰つたりしてたんだけど、九月になると未だに思ひ出す話が有る。

ある小学校に勤務してゐた時、ある男の子と親しくなつたさうだ。
その子はイジメに遭つてゐて、よく授業中や放課後に用務員さんの所へ来てゐたんだけど、その内菊作りに興味を持ち始めて、用務員さんに弟子入りするんだと言つて菊の世話を手伝ひ始めた。

その間もイジメは続いてゐて、一年位して、とうとう転校する事になつた。
用務員さんはその子が育ててゐた菊の鉢を、担任を通してその子のご両親に渡して貰つたのださうだ。

その年の九月、用務員さんが放課後いつものやうに菊の手入れをしてゐると、いつの間に来たのか件の男の子が校舎の陰から顔を出してゐる。

「久し振りだね。新しい学校はどう?」

さう声を掛けたけど、男の子は用務員さんをじつと見てゐるだけで動かない。
不思議に思つた用務員さんが男の子の方へ歩いてゆくと、男の子は校舎の陰に隠れるやうに消えてしまつた。

それから十日程して、男の子のご両親が菊の鉢を持つて用務員さんを訪ねて来た。

「これ、私達では枯らしてしまふと思ひまして。」

ご両親の後ろには瞼を真つ赤に泣き腫らした、男の子の担任だつた先生が立つてゐる。

「何か有つたんですか?○○君も十日位前に此処へ来たんだけど。」

用務員さんは菊の鉢を取り落としさうになる父親を慌てて支へた。母親は担任と抱き合つて声を上げて泣き出してしまつた。

男の子は転校して行つた先の学校でもイジメに遭ひ、十日前に自宅のガレージで首を吊つて自殺をしてゐたのださうだ。


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